私的みゆき論&
2002
〜中島みゆきは、人生のロールモデル〜

基本的に私は、必要もないのに
体裁を取り繕ってしまう性質なんですね。
みゆきさんに関しては、実際好きなのでほっとくと褒め放題
なんですが、それだけではない部分、だからこそ好き
というあたりを加えてみました。

まずは優等生的見解。
 年代と共に、好きな曲って変わりますよね。
初めての時、聞き流してたのに、ある日突然心に染みてくる、
そんなことも多いのが、みゆきさんの曲です。
私も大人になったのね??
そんな感慨を感じつつ、この先どんな風に、
曲が人生を彩ってくれるのか、楽しみです。

 そして、みゆきさんの曲といえば、その数。
これだけのキャリアがあるんですから当然ですが
この先どんなときも、
そう、どんな振られ方をしようと、どんな別れ方をしようと(暗…)
心に寄り添ってくれる曲があるはず。
もちろん恋だけじゃありません。
人生のパ−トナーともなってくれます。

 みゆきさんのデビュー後に生まれた私としては、
今の歳が、みゆきさんの初期の活動のころ。
これから歳を重ねるにつれて
自分と同じ歳でこんな歌を歌って、こんな活動をしてたのねと
歴史を追っていく楽しみもあります。
みゆきさんのように、いい年のとり方をしたい。

 曲に関しては、歌詞がいい、曲がいい、などあると思いますが、
私は、それらが渾然一体となって
みゆきさんの声によって歌われるのを聞くことに、
なんともいえない快感を覚えます。
この感覚は、他の歌手では、得られないものです。

 そして、みゆきさんそのものの魅力。
どんなときでも、歌に、人に、人生に、
真摯であるという姿勢がそこかしこに感じられて、
やっぱり目が離せなくなってしまうのです。

 みゆきさんは、プライベートを覗かせない人である。
簡単にふぁんの相談に答えたりもしない
そういうところがまた好きだったりします。

私的みゆき論
だからこそあなたが好き

 70年代後半生まれの私にとって7、80年代は、謎の時代です。
 ある作家が「ドロドロした歌書いてブイブイ言わせてた人」
と書いてたのを見たことがありますが
中島みゆき=暗いイメージだったのも、
オールナイトで一世を風靡したのもピンとこない。

彼女のファンであると言ったときの他人の反応は
他の歌手以上に分かれるような気がします。 
好きな人は熱烈に好き、嫌いな人はとことん嫌い。
そんな風に思わせる強力なある種の色。
例えば私の親はみゆきさんがブームの時代
否定的に見ていたようで、今でもそうだったりするのです。

そうした空気を感じていたのか、
十代のころは、好きとは人に言えなかった。
言わなくてもいいんですけどね
私の中で中島みゆきとは、ひっそり聞くものという認識。
まあ、みんなで楽しんで聞くような音楽ではないし
みゆきさんを聞くのは、密かな楽しみというか
蟲惑的な何か・・・そう暗く甘美な悦び
そんな面があるのは確かであって
乙女心(仮)を捉えていたのかと。

また、自分はこういう趣味趣向だと
(言ってみれば、こういう人なんだと)
あらわせば、合う人もたくさんいるものです。
そういうことも彼女を通して、学んだ気がします。

それでも、未だにはっきり言って、
中島みゆきが猛烈好きで曲なんて前奏から300曲は覚えてるし
夜会の台詞はいちいち頭に入ってるし会話してると歌詞が浮かぶし
生まれてないってのに中年のおじさん並に昔に詳しいのはナゼとか
カレンダーとか飾っちゃうし暇な時はみゆきさんと心の中で会話してるし
散歩してると世田谷の方に行っちゃうし藤女子大に入ろうと考えていたし
カラオケ行ってひとりで夜会・コンサート順に全曲歌おうと試みるし
一日で一番幸せなのは寝る前に中島みゆき聞きつつ一杯やるときとか
毎年ステージ見るのが生きがいでチケット高いから貢いでる感じっていうか
渋谷はちょっと苦手〜だけど夜会のためなら行くわっていうか

(いちいち読まなくていいですよ…)
みたいな事実は殊に、知られたくない。
そうですよ。

理由は、自意識過剰によります。
まずは、表には出さない暗さ
間違いなく自分は、陰なタイプと自覚しているから。
例えば星占いの蠍座的性格を読んだら
もうあたし?みたいな感じなんですが(笑ってください)
それで中島みゆきが好きなのはベタ過ぎるなと
私の中の検閲機関が言うんですもん
だからこそ好きなんでしょうけど。

もう一つは、好きと分かるとみんなが話題をふる。
同級生なら「さっき、廊下にいたよ」とか。
好き過ぎて名前を口に出すのも照れちゃうと。
これまで人とみゆきさんについて会話したことなんて
数えるほどしかないし、名前を口にしたことも片手ほど。
しかもとっても恥ずかしがりなので。
「紅白よかったよねえ」「キャア(逃げる)」
じゃお話にならないと。
世間話として彼女の話をする
TVに出てるのを見るのでさえ
いっぱいいっぱい。もう赤くなってます。
周りがビックリするくらい反応します。
況や、ステージ見てるときをや。
アンタが歌うのかってくらい緊張します。倒れそうです。
その恋する奥手な中学生並みな自分が
もはや恥ずかしいと。


現実は、十分辛辣なのに愛憎劇や不幸を
わざわざ疑似体験せずとも、と思っています。
だから、生々しい、内臓をえぐりだすような
人間の業を浮き彫りにするような創作物は苦手です。

それなのに
(最近は少ないですが)
ドロドロの真骨頂と思われてるフシのある
「見たくないものをわざわざ取り出してみせるような
触れたくない何かを思い出させるような」
そんな歌が好きなのはなぜだろう。
ふられて身に染みたなんてこともない
自分に重ね合わせて聞くこともしない

みゆきさんの言葉で言うなら
                「訴えたいものは、生命力なんですよ。」
聞いていてに感じるものが、確かにある。
カタルシスなんだろうか聞いているうちに
自浄作用、いや自分でではないですが
歌を聞くことによって吐き出される何か。
そして同時に、沸いてくる力。


もしも私がみゆきさんと同世代だったら、男だったら
ファンではなかったかもしれない、そう思います。
また、好きが募る反面
「いつか聞かなくなる日がくるかも」
意外といつもそんな風に思っているんです。
例えば、思春期には「大人になったら」
聞かなくなると思ってた。
ていうか、なってからいっそう聞いてますが?
今は「大人になりきれたら」いつなのか・・・以下繰り返す模様。

「もう、いいかな。」
潮時かしら?と思う瞬間もある。
曲の聞きすぎ覚えすぎによる飽き。
彼女の個性、いやアクの強さによる満足感、いや膨満感。
(何曲も聞いててありませんか。お腹いっぱいな感じ)
実際、アルバム発売時などに無意識に
これは○○の3拍子版、これは○と×混ぜたような曲とか
分類してる自分が怖いんですが
それで前と似たような曲ね、とか評してるんですが
3日後には気付くと歌ってるんです。
そして、3年後(仮)には泣くんです。


歌の魅力に加えて、最近のみゆきさんは
なんだかわからんが年々美しくなっている
むしろ若返っているようでもあり
年を取ると、造作以上に内面がにじみ出るそうですが
50を過ぎて「妖精のよう」と評されても、
他の人なら鼻で笑っちゃいそうな所、ごく真面目にそう思えるあたり
女性としてうっかり憧れていいのか?という凄さだと
思うんですが

そんな容姿の魅力をあえて抜きにして
彼女のどこにこんなに惹かれるんだろう
どうしてこんなに目が離せないんだろう

言い尽くせないのを承知で
三日三晩考えたところによると
(何それって言わない!!)

・我が道を行くところ
・何にしても過剰な感じ
・(小声で)独身さんなところ
が好きみたいです、私は。
(*´∀`)ホゥ。

総じて
「やっぱり別れられない。私にはあなたしかいないの」的思いに
囚われてしまうあたり
やっぱりやめられない・・・のでしょう。
もはや四百四病の外ですな。
お大事に。
ハイ先生。

「金字塔を足場に、塔に出来ないものを
空かもしれないけど引っ掻いていくことがやりたいこと
・・・
その先の階段で自分が何をつかもうとしてるのかさえ見えてれば
何も怖くはない。」
(1991・マリ・クレール)