待っても春が来ないので

春だというのに、雪の話。
毎日寒いんです。凍るんです。
すっかり春気分のあなたを、雪と氷の境((C)ウィンター・ガーデン)に
引きずりこみたい・・・かもしれない。

私の原風景は、まちがいなく雪に埋もれている。
そんな冬のイメージは、ひたすら陰鬱で閉じ込められたもの。
そして、その期間は1年の約半分。
幼い頃、雪がとけて地面が見えるようになって、重いブーツなどでない
くつをはいたときの、思いがけない身軽さ、走り出したい気持ちは
今でも忘れない。
それでも、冬生まれだからだろうか、そんな冬が嫌いではない。
太陽の降りそそぐリゾート、南国志向では決してありえないし、
日差しに弱い私としては、春夏は秋冬を待っているのかもしれません。

初めて、東京での冬を過ごした感想は、まず何よりも、
晴れの日が多すぎるよママ!
しかも、甚だしい乾燥により、お肌が荒れることこの上ない。
気管支をやられること、幾度。花粉の到来早すぎ。

それでも最近は温暖化のせいか、かなり雪が降らなくなった。
学校に通う道々、町中なのに吹雪で前が見えず遭難しそうになり
帰宅しても、積もった雪で家に入れないほどだったのに。
小学生のときは、スキーウェアで登下校。たまにそりを引きずって。
雪?つらら? 食べますよ。

みゆきさんが北海道出身のせいか、雪の出てくる歌は、多い。
そして、雪を知る者なら感じる、ぞくっとするリアリティを持っている。

「根雪」
根雪とは、春になっても積もったまま残っている雪のこと。
曲の想いの深さと、実際の雪のしつこさ・しぶとさが重なり合って、
ただならぬ雰囲気を醸し出している。この歌の喚起力はすごい。

「グッバイ・ガール」
汚れてゆく雪。汚れながら春になる。
それがすべてを語っている。

「サッポロSNOWY」 
自分もサッポロにはいない。
あの人に故郷の、言葉にならない雪を見せたい。
それは、自分の全てを見せたいということだろう。
でも、あの人は自分を好きではない。だから、そんな日も来ない。
帰るに帰れず、遠く離れてサッポロの天気を聞く。
雪の景色が歌われているわけでもないのに、この曲を聞くと
零下の雪の中にいるかのような気がする。

「北の国の習い」
なにげに怖い歌だ。学習しましょう。
道路がアイスバーンのときは、県外ナンバーには近づくなと言いますね。
凍った道は、ペンギン歩き。基本です。
お腹ですべってはいけません。
あと、これ大切。横断歩道は、白いところ、すべりますよ。

「幸せ」
雪の粒より小さな夢ってどれくらいかしら。などと考えたりは、しませんね。
ほんと好きです。

小雪のちらつく夜は、恋人同士が寄り添って歩くのにぴったりだ。
でも、雪でちょっとづつぬれると、顔から雫がたって化粧はおちるし
髪は乱れるし、寒くてお花が(誤打にあらず)とめどなく出るし
滑って転んでお尻を打ったりしたら、ムードもなにもありません。

北国の人間としては、雪はそんなにいいものではない、むしろ怖い、
クリスマスソングや冬の歌のようなロマンティックなもんじゃない
という意識がある。

女「見て、雪♪」
 待ってたように、ハラハラと舞い落ちる軽めの雪。
 まちがっても、ぼた雪やひょうではない。
男「本当だ」
 見つめあい、抱き合う二人。
ドラマなんかで、この手の場面が多いのはどうしてですか?
あんたたちなんか一晩中そうやって、しもやけになってしまえと呪っていいですか。

それでも、雪の日の朝の、世界が浄化されたかのような清冽さ、静けさや
雪の降りやんだ夜の道を歩くときの、時間の止まったような感覚は、大好きだ。
そして、雪景色を見たら「ウィンター・ガーデン」を思い出さずにはいられない。
ところで、これを朗読して夜会ごっこをするのは寒いですか。むろん一人で
「雪の粒はいくつ、ひとつ」とか(実際ゆってるから)
「六花」が口をつく。